フラットデザイン化された神と、そのエバンジェリスト

面倒なので引用元にリンクしないが、「同意していない相手を性的な行為に巻き込むことは性暴力」であるという主張が、原文では太字で書かれている。

シンプルなルールで倫理を再定義したいという欲求は、現代の日本に特有であるように思われる。歴史的には、たとえば新約聖書は、饒舌なたとえ話に満ちている。

あるいは、インターネットの論客に対しては、「四本脚はよい、二本脚は悪い」程度のスローガンがお似合いだと判断したのかもしれない。残念ながら、これはまったくの逆効果である。これまでに、インターネットの論客のうちでも特に幼稚な者たちが、同様のスローガンを嬉々として反復してきた (1, 2, 3, 4) からである。

結局のところ、牧村朝子はフラットデザイン化された神を発明したように見える。しかし、これは神ではなくモンスターに過ぎない。「同意」が実際には何を意味するかを明らかにするためには、『資本論』よりも長大な論考が必要である。私たちがスマートフォンでアイコンをタップするとき、内部では100万ステップのプログラムがあわただしく実行される。いずれもシンプルなのは見た目だけである。

フラットデザイン化された神に仕えるエバンジェリストが、野蛮な原住民を教化しようと決意したならば、その神を過信しないことが何よりも重要である。あなたは殉教者になることを覚悟しているだろうか?

私たちの弓矢には、すでに猛毒が塗られている。

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LGBTPZNは無料の治安維持装置として再出発すべきか?

LGBTPZNは「やってしまわないための連帯」の可能性を開拓しうる概念であるという驚くべき主張を知り、たいへん刺激を受けた。

身内から犯罪者を出さないよう相互監視するペドフィリアの団体は、牧村朝子の主張によれば国内外に存在するそうだが、そのような無料の治安維持装置がLGBTPZNの「可能性を開拓しうる」というのは、あまりにも虫が良すぎる。まるで、アウシュビッツの看守にユダヤ人を任命するかのようだ。

未遂者が、既遂者を生贄として差し出すことで保身を図ろうとするであろうという期待、そして、それを無料の治安維持装置として利用できるという期待は、いずれも哀れな空想である。実際のところ、もしLGBTPZNの団体が組織されれば、既遂者の逃亡と証拠隠滅を全力で支援するだろう。

どんなに強力な殺虫剤をもってしてもゴキブリを根絶することはできないし、どんなに花粉症が辛くてもすべての杉の木を伐採することはできない。もちろんペドフィリアも。しかし、そのような空想を表明することは自由だ。

補足 「性的指向を生得性と変更不可能性の二点から性的嗜好より上位に置く価値観を問い直」す、という主張については、何ら反対する理由がない。

LGBTPZNは攻撃的であるべきだ、ただし遊戯的である場合に限って

LGBTPZNの攻撃性は、ある時はLGBTに向けられ、またある時はアングロサクソン的なペドフィリア弾圧に向けられる。前者は、LGBTがPZNを切り捨てる冷酷な既得権益集団であるという見方である。後者は、ペドフィリアに対する攻撃を、海外の価値観の輸入による内政干渉とみなす見方である。

私はこれらの立場には与していない。わが国のLGBTは既得権益ではないし、いまだ決して安全ではない。海外の価値観を否定することでナショナリズムを称揚することにも反対である。

ここで、マジョリベーション (majoribation) という用語を紹介したい。これは majority と masturbation の造語であり、「私たちはあいつらみたいなキチガイじゃなくてよかったね」という、エンターテイメントとしての相互確認のことである。

マジョリベーションに回収された攻撃性は遊戯的でない。V (vanilla) はもとより、LGBTの当事者でさえ、LGBTの運動家を非難するためにLGBTPZNを援用することがある。しかしながら、当事者と運動の分断を煽ることは、マジョリベーションの常套手段である。

同様に、ナショナリズムに回収された攻撃性も遊戯的でない。私たちは自由闊達に、攻撃したり攻撃しなかったりすべきだ。

LGBTPZNは遊戯的であるべきだが、遊戯ではない

運動の本体は暴徒であるべきである、理論家はその支援者に過ぎない、というのが私の意見である。LGBTPZNは原理的に、理論家によって真面目な運動に仕立て上げられることが不可能であるように思われる。では、私たちは、暴徒であることができただろうか? あるいは、その支援者として振る舞うことができていただろうか?

LGBTPZNのうち、特にペドフィリアは、多様な困難に直面している。まず、性徴前の人間と性交することの問題に絞って考えると、相手に性欲がないこと (状況を限定すればこれに論駁することも可能かもしれない)、相手と知識や力に差があること (しかし、ペドフィリアの側が童貞であったり、知的障害者であったりする場合にはどうであろうか?)、などの倫理的な問題があることが分かる。ペドフィリアであること自体が (たとえ内面の空想に限定したとしても) 倫理的に罪であるという風潮も、多くの敵対者たちに共有されている。

児童ポルノを製造・販売・所持することは、わが国では (あるいは、ほとんどすべての先進国で) 違法である。前段落では問題を「性徴前の人間と性交すること」に限定したが、法的な児童とは18歳未満の者を指し、この中には人格、体格、あるいは性体験のうえで成人と遜色ない者が多く含まれている。ペドフィリアに対する社会的な禁忌感は強固であり、性徴後の児童と成人との恋愛ですらしばしば指弾されるけれども、児童と児童との恋愛はむしろ奨励されている。

法と倫理によって徹底的に自分自身を破壊された者が、なおも何らかの倫理や価値観に対して誠実であることは可能だろうか?

LGBTPZNのうちのPは本質的に倫理的な困難を抱えている。かつてはLGBTもそうであった、特にそれが宗教的な禁忌と強く結び付いていた時代には。

だから、LGBTPZNはLGBTPZNの (あるいはPZNの) 権利運動にはなり得ない。そのようなものを夢想したり、あるいは、そのようなものに擬態したりしながら、それの周りで歌ったり踊ったりしている。これは熱狂的な死の舞踏である。

遊戯的な運動には前例がある。というよりも、わが国のシリアスな運動は、浅間山荘を最後に敗北した。それ以降の運動は、革命的非モテ同盟やSEALDsのように、パロディーあるいはコメディーとして振る舞わざるを得ない。

LGBTPZNは遊戯的であることしかできない。そして、それは呼吸や排泄と同じくらい、私たちにとって重要なことである。

LGBTPZNの支持者の多様性

ちゃんとした文章を書くのは疲れるので箇条書き。画像はサーバルちゃんフォント

  • ポーランドのLGBTPZNはLGBTを中傷するための造語であったらしい。ポーランド語は読めないので詳しい経緯は不明。
  • 日本のLGBTPZNは、Go_8yo氏が2016年4月ごろに突如として思いついた。このとき、ポーランドにおけるLGBTPANの用法は日本では知られていなかった。
  • 2016年9月26日にLGBTPZNが大流行した。このとき、ポーランドにおけるLGBTPZNの用法について指摘があった。また、PZNは「解放運動」を表す頭文字であり、LGBTPZNは単にLGBT解放運動を意味するという指摘もあった。
  • この時期のLGBTPZN支持者は迂遠な言語表現を用いる傾向にあり、LGBTPZNが実際にどのように受容されていたか知ることは難しい。いま思えば、LGBTPZNのうちPに限って言えば、子供の性の自己決定権を侵害しない限りP当事者の権利を満足できないことへの絶望感が、LGBTPZNという語の使用に込められていたように思う。しかし、当時そのことを明言していた者はいないので、あくまでも推測である。
  • 2016年9月27日にLGBTPZN.org (現在のLGBTPZNポータル) がオープンした。LGBTPZNポータルはLGBTPZN支持者のなかでも特に楽観主義ないし理想主義の立場をとっている。「LGBTPZNはアクロニムではなく、多様な性を象徴するシンボルであると考えられています」や「8番目のアルファベットは、あなたです」といった、包摂と寛容を重視したスローガンを用いている。LGBTPZNポータル運営者の楽観主義は、例えば2016年11月10日のツイートに現れている。
  • nexaは、バニラとLGBTの分断、あるいはLGBTとPZNの分断を、「ヘゲモニー」や「二等市民」といった強烈な表現で非難している。そして、LGBTを称揚しPZNを否定する者が、同じ原理でバニラとLGBTを分断していることを明らかにした。
  • 自然法被害者の会は、LGBTPZNの「錯乱」あるいは「異常」という側面を肯定的に評価している。
  • 2016年11月23日ごろインターネットバトルが発生したが、特に目立った変化がないまま収束した。
  • 2017年4月11日ごろLGBTPZNが再び流行した。

まとめ

  • LGBTPZNは統一した組織を持たず、個人がばらばらにインターネットに発信しているうえ、迂遠な言語表現を好む傾向があり、運動の当事者であってもよく分かっていないことが多い。

素早くドメインを取得し、ウェブサイトを構築する

LGBTPZN Advent Calendar 2016 参加記事。

2016年9月26日の柚子革命の当日、私は lgbtpzn.org ドメインを購入した。翌日にはLGBTPZN.orgのウェブサイトが一通り完成した。ウェブサイトのトップページの内容は、そのときから現在までほとんど変わらない。

私はこのときすでに fubaiundo.org ドメインを購入していたので、素早く行動することができた。どちらのドメインも No-IP から購入した。このくらい長い名前の org ドメインは30ドル/年くらいで購入できる。クレジットカードを持っていれば手続きはすぐだ。

注意点として、ドメイン名を購入するときに、氏名、住所、電話番号などの個人情報の入力を求められることだ。これらの情報は whois データベースで公開される。詳しくは whois でググってくれ。いずれにせよ、No-IPではドメイン名をプライベートモードで取得することができる。すると、whoisに登録される個人情報はNo-IPのものになる。これで、匿名で奇妙なウェブサイトを運営しても安心だ。

ドメイン名を購入したら、次はウェブサイトを作ろう。GitHub Pages で作るのが簡単だ。GitHub Pagesでウェブサイトを作る方法は適当にググってもらうとして、ここでは独自ドメイン名を使う方法だけ説明する。まず、所有しているドメイン名を、GutHubのしかるべき設定項目に書く。GitHubの設定画面にはIPアドレスが書いてあるので、No-IPの設定画面のそれっぽい場所にIPアドレスを書く。これで終わりだ。具体的な方法を何一つ説明していないが、ここで細かいことを書いてもどうせすぐに変わってしまうので、概念的なことだけ説明すればよいだろう。

一度やり方を覚えれば、ツイッターで何かが流行するたびに、適当なドメイン名を購入して、その日のうちにウェブサイトを開設することができる。ツイッターでは社会運動を30分で始めることができる、ただし30時間で忘れ去られる。一連の動作をいかに素早く完遂するかが、ツイッターのスピードについていくための鍵だ。

フリップフラッパーズ イロドリ先輩メインSS

LGBTPZN Advent Calendar 2016 参加記事。

(放送期間中に書いたため、公式の展開と矛盾するところがあります。放送終了後に書き直したバージョンもあります。)

美術準備室には先輩がいた。マニキュアのにおいは、もう気にならなくなった。

「先輩、どうして絵、捨てちゃったんですか?」

「ここは狭いし、それに、いまは新しい絵をたくさん描きたいんだ。」

テーブルには、このまえ見たのとはちがう、花柄のティーカップがみっつ。カップを手に取るのは、先輩と、私と、ブーちゃん。

先輩が絵を捨てたのも、きっと、三人でこの部屋にいても狭くないようにするため。

ココナとミミがピュアイリュージョンの入口を閉じて、ヤヤカたちもピュアイリュージョンには行けなくなった。でも、先輩となら、もう一度、ピュアイリュージョンに行ける気がする。先輩の変身アイテムはマニキュアのびん。

二人で手をつないで考える。イロちゃんのこと、おばちゃんのこと、ミミのこと、ココナのこと。

先輩も、きっと、ココナのことを思ってる。

待ってて、ココナ!