レコメンデーション・フェアネスがマストドンでうまれたわけ、あるいは、インターネットをGoogleがうまれるまえまでさかのぼる

このきじは、かんじをつかわずに、かんたんなにほんごでかかれています。

わたしがレコメンデーション・フェアネスというアイディアをつかって、なにをくらべたかというと、はじめはマストドンのインスタンスいちらん、つづいてマストドンのおすすめユーザーでした。では、わたしがレコメンデーション・フェアネスをマストドンにあてはめたのは、なにがきっかけだったのでしょうか? なぜ、べつのソフトウェアやウェブサイトではなかったのでしょうか?

ひとつには、マストドンのインスタンスいちらんのうちのおおくが、あまりにアンフェアであったからです。とくに、インスタンスのユーザーのかずは、マストドンのAPIでかんたんにえることができたので、おおくのインスタンスいちらんがそれをつかいました。しかし、これまでにはなしてきたとおり、インスタンスのユーザーのかずをつかったインスタンスいちらんは、とてもとてもアンフェアです。そのため、わたしは、よりよいインスタンスいちらんをつくるだけでなく、なぜこれまでのインスタンスいちらんがよくないのか、せつめいしたいとおもいました。インスタンスいちらんのフェアネスとアンフェアネスというアイディアは、ここからうまれたのです。

もうひとつは、マストドンのこうしきの、あるいは、マストドンのほんたいにないぞうされたレコメンデーション・システムが、かなりおくれてつくられたことです。インスタンスいちらんでいえば、マストドンこうしきのインスタンスいちらんがつくられたのは2017ねん5がつ、にほんごでみられるようになったのは2017ねん9がつです。それよりもさきに、たくさんのインスタンスいちらんがつくられました。マストドンほんたいがユーザー・レコメンデーションをないぞうするようになったのは、2018ねん6がつのことです。そのため、フェアなインスタンスいちらんや、フェアなユーザー・レコメンデーションをじぶんでつくってしまいたいということに、つよいモチベーションがありました。もし、マストドンこうしきのものがさきにあれば、じぶんでおなじものをつくろうとはおもわなかったし、つくったとしても、まったくつかってもらえなかったにちがいありません。

さらにべつのりゆうは、いまのインターネットには、アンフェアなレコメンデーション・システムがあまりにもおおいことです。とくに、ほとんどすべてのレコメンデーション・システムが、ポジティブ・フィードバックというアンフェアネスをかかえています。なぜなら、おおくのレコメンデーション・システムが、すでにおおくのユーザーのあいだでにんきになっているウェブサイトやコンテンツを、さらにおすすめするというしくみになっているからです。Googleけんさくのページランクもそうですし、Amazonがしょうひんをおすすめするときもそうです。

むかしむかし、インターネットがいまのようにはふきゅうしていなかったころ、Yahooは、ひとがじぶんのめでウェブサイトをみて、ウェブサイトのいちらんをつくっていました。Googleは、おおくのウェブサイトからリンクされているウェブサイトは、きっとすばらしいものにちがいないというもくろみから、ウェブサイトのけんさくを、じどうかしました。これは、たしかにすばらしいしくみでした。しかし、このときから、インターネットのレコメンデーションは、つよいポジティブ・フィードバックをもつようになったのです。なぜなら、Googleのけんさくけっかでじょういにでるウェブサイトは、たくさんのひとにみられて、そのけっか、さらにたくさんのウェブサイトからリンクされるようになるからです。なお、こうへいのためにいっておくと、ひとがじぶんでつくったリストも、やはりアンフェアであることがしられています。

ですから、わたしたちは、レコメンデーション・システムがポジティブ・フィードバックをもたないインターネットを、そうぞうすることがむずかしくなってしまいました。ポジティブ・フィードバックをもたない、よりフェアなレコメンデーション・システムをつくるということは、インターネットのじかんをGoogleよりもまえまでさかのぼることです。そして、マストドンのようなあたらしいメディアでは、それがかのうであったということです。

ざんねんながら、インターネットには、わるいひとがたくさんいます。ひどいわるくちをいうひとや、おかねもうけのことしかかんがえていないずるいひとが、たくさんいます。やくにたつことや、おもしろいことをいうひとは、わりあいとしては、どんどんすくなくなってしまいました。だから、そのようなひとたちをみつけだすためには、すでにおおくのひとのあいだでにんきになっているひとを、さらにおすすめするというほうほうしか、きのうしなくなってしまいました。

マストドンはアーリーアダプターのあつまりなので、わるいひとやずるいひとは、まだあまりおおくありません。また、ものすごくゆうめいなひとや、とてもえらいひとで、マストドンをやっているひとは、まだまだほとんどいません。なので、ポピュラリティ・ベースのレコメンデーションだけでなく、シミラリティ・ベースのレコメンデーションも、わるくないけっかをだします。

マストドンと、レコメンデーション・フェアネスには、このようなかかわりがあったのです。

ところで、マストドンにも、わるいひとやずるいひとがふえてきたら、やはり、ポピュラリティ・ベースのレコメンデーションがひつようになるのでしょうか? ポジティブ・フィードバックのあるレコメンデーション・システムしか、きのうしなくなり、フェアネスはうしなわれてしまうのでしょうか? ひとにぎりのセレブたちだけがますますゆうめいになり、そうでないふつうのひとたちは、わすれられてしまうのでしょうか?

きぼうをすててしまうのはかんたんですが、わたしたちにできることは、まだまだたくさんあります。シミラリティ・ベースなしゅほうのかいりょうをつづければ、フェアネスだけでなくコンビニエンスにおいても、ポピュレーション・ベースなしゅほうよりもよいものができるかもしれません。

さらにたいせつなことは、ポジティブ・フィードバックはしかたないにしても、アンフェアネスのげんいんになる、ほかのアンチパターンをさけることです。まず、オルディーズ・エフェクトをさけることがたいせつです。オルディーズ・エフェクトのあるレコメンデーション・システムでは、かこにいちどでもゆうめいになったひとは、ずっとゆうめいなままです。それをさけるためには、1しゅうかんや1かげつといった、きかんをかぎったかずをつかうべきです。

さらに、シュリンクラップ・エフェクトをさけることもたいせつです。ユーザーをひょうかするとき、ユーザーそのものではなく、そのひとがうみだしたコンテンツでひょうかすることは、レコメンデーションのフェアネスをよくします。たとえば、フォロワーのかずでユーザーをひょうかするのは、とてもアンフェアです。かわりに、トゥートをブーストされたかいすうをつかえば、そのひとのトゥートがほんとうにおもしろかったかどうかを、ひょうかすることができます。

これらをかんがえあわせると、たとえば、1しゅうかんにブーストされたかずをつかったユーザー・レコメンデーションは、よいアイディアであるといえます。ポジティブ・フィードバックはしかたないとしても、オールディーズ・エフェクトとシュリンクラップ・エフェクトを、さけることができます。

さらに、もうひとくふうしてみましょう。アンフェアなクライテリアを、ぎゃくむきにつかうと、フェアになります。たとえば、フォロワーが100にんよりもおおいひとは、レコメンドされないというルールを、くわえるのもよいでしょう。フォロワーがおおいひとは、レコメンドされなくても、フォロワーをふやすほうほうが、ほかにいくらでもあります。

これまでにみてきたように、レコメンデーション・フェアネスというアイディアは、マストドンのこゆうのじじょうにたすけられてきました。しかし、けんきゅうをすすめれば、よりいっぱんに、さまざまなウェブサイトやソフトウェアに、レコメンデーション・フェアネスのアイディアをてきようすることができるはずです。そのとき、わたしたちは、Googleのせいこうによってうしなわれてしまった、ありえたかもしれないもうひとつのインターネットを、とりもどすことができるのかもしれません。

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投稿者: Hakaba Hitoyo

墓場一夜

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