LGBTPZNは無料の治安維持装置として再出発すべきか?

LGBTPZNは「やってしまわないための連帯」の可能性を開拓しうる概念であるという驚くべき主張を知り、たいへん刺激を受けた。

身内から犯罪者を出さないよう相互監視するペドフィリアの団体は、牧村朝子の主張によれば国内外に存在するそうだが、そのような無料の治安維持装置がLGBTPZNの「可能性を開拓しうる」というのは、あまりにも虫が良すぎる。まるで、アウシュビッツの看守にユダヤ人を任命するかのようだ。

未遂者が、既遂者を生贄として差し出すことで保身を図ろうとするであろうという期待、そして、それを無料の治安維持装置として利用できるという期待は、いずれも哀れな空想である。実際のところ、もしLGBTPZNの団体が組織されれば、既遂者の逃亡と証拠隠滅を全力で支援するだろう。

どんなに強力な殺虫剤をもってしてもゴキブリを根絶することはできないし、どんなに花粉症が辛くてもすべての杉の木を伐採することはできない。もちろんペドフィリアも。しかし、そのような空想を表明することは自由だ。

補足 「性的指向を生得性と変更不可能性の二点から性的嗜好より上位に置く価値観を問い直」す、という主張については、何ら反対する理由がない。

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投稿者: Hakaba Hitoyo

墓場一夜